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  • 札幌いちご会 事務局

函館勉強会「自立生活を守る~65歳になったら私たちに何が起きるのか~」

<いちご通信192号(2016年5月号)より抜粋>


2016年2月29日(月)

函館の自立生活センター NPO法人自立の風かんばす様 のご協力をいただき、

札幌から ケアサポートマネジメントリンク 奥田龍人氏、

札幌いちご会 小山内美智子、澤口京子 が参加し、

函館市立図書館にて勉強会を行いました。

 

1.講演

北海道ケアサポリンク・奥田 龍人 氏



65歳を迎えた障がい者が抱えている問題や

各地で起きている訴訟、各地域の行政対応の現状、

また、介護保険と障がい者総合支援法の違いを説明してくださいました。


65歳を過ぎても障がい福祉サービスが利用可能な場合もあることや、

今後増える介護給付費には、介護保険を適切に使うことも重要であることを

お話しされました。


そこで地域包括ケア、ボランティアや社会資源の活用が重要になってくること、

また、海外のように寄付文化を根付かせていくことが重要など、

資料をもとに説明してくださいました。



 

2.現状報告

自立の風かんばす・横川 由紀 氏(函館)




私は2005年に函館へ移住しました。

それまで札幌に3年、その前は東京に6年住んでいました。

生まれは神奈川で、ずっと施設で暮らしていました。


20歳の時、自分らしく生きる道がある、障がいがあっても地域で暮らせると知り、

自立生活を始めて20年になります。


函館は旅行で来た時に「この街は何か人を惹きつける、すごく良いな」と感じました。

ずっと施設にいてふるさとというものがなかったので、

函館を自分のふるさとにしようと思い移住を決めました。


東京や札幌では大きな障がい者団体の中で、

行政との交渉等の活動をしていたのですが、

函館という縁もゆかりもない土地に引っ越してくると、

自分は自立生活運動をやっていたような気になっていたけど、

実際は活動している人たちのあとにくっついていただけだったのだ、

ということを感じました。


引っ越してきた年は本当に孤独で、帰りたいと思っていました。

帰るところもなかったのですが。


函館に来て初めて感じたことは、

自立生活をしている障がいを持った人がいないということでした。


何からしたら良いんだろうと考え、

まずは障がい当事者の仲間を探そうと思いました。

自分と同じように施設で暮らしていた人や、

まだ親元で暮らしている人には同じような問題を抱えている人が多いと思ったからです。

そうは言っても、そうそう車いすに乗っている当事者には会えませんでした。


生活のために街頭でビラまきをしてボランティアを探していると、

めずらしく思い声をかけてくれる人がいました。

そこから当事者と知り合うことができたり、

インターネットで「自分はこういう活動をしています」と載せると、

それを見た人から連絡が来ました。


自立の風かんばすは今年で11年になります。

障がいがあっても地域で自分らしく生きたい、という思いを支援する団体です。

誰かを支援するのももちろんですが、もともとは自分自身の生活を守っていくためでした。


個人で生きていくことは難しいので、

まずは仲間を見つけて団体として活動しようと思いました。

2014年にNPO法人になり、少しずつ仲間が増えています。


最初自立生活をしている当事者は私1人だったのですが、

今は知的障がいを持っている男性が施設から出て、かんばすで自立の練習をしています。

仲間が増えたことがとても心強く、活動していくことの意味を感じました。


今日も当事者の人がたくさん来てくれて、

なかなか函館でこんなに仲間が集まることはないので、

こういう機会を持てたことに感謝しています。


今の生活は、公的な制度が少なく、

私自身生活の大半はボランティアの力で暮らしています。

函館では、地域で暮らしたいと思う障がい者がみんな出てきたいとなると、

それは難しいのが現状です。


小山内さんや澤口さんが札幌でされてきた活動や生活を聞きながら、

函館もそれに続き、障がいがあっても暮らしやすい街にしていきたいと思っています。


福祉の人とのつながりも大事だけど、

それ以外の色々な立場の人と、障がい者問題を一緒に考えていきたいです。


特に函館は大きな街ではないし、それほど小さくもない。

人と人との距離感が私にとっては絶妙に良いのです。

大きな街ではなかなかできない自立生活の仕方が、函館ではできると思います。


暮らしやすくなるような法的な制度をどうやって保証していくか、

というのがこれからの課題です。

 




札幌いちご会・小山内 美智子(札幌)




私は物心ついた時から、

父と母がいなくなったらどうしようと思っていました。


寿命では父と母が先にいなくなるだろう、

でもこれまでと同じ生活をしたい、といつも考えていました。

そんなときある先生と出会い、

障がい者運動のことなど、私に色々な教育をしてくださいました。


色々な学識経験者がアドバイスしてくださり、厚労省の方も理解してくださいました。


寄付の文化、これがいちご会がここまでやってこられた強みです。

寄付金をもらうのもテクニックがいります。

必ずお礼をすることが一番大切です。


障がい者だからお金をくださいというのはただの甘えです。

自分に厳しくしていたら誰かが見てくれて、

色々な経験をして障がい者が輝いていたら、介助者も一緒にいて楽しいと思います。


今は全国で65歳問題の裁判をしている人や、

お役人を説得して今まで通りの生活をしている人もいます。

私はあと3年で介護保険にならなければいけないかもしれません。


私は2週間前、インフルエンザにかかりました。

咳が止まらなく、おしっこが2時間おきにしたくなり、がまんできなくなりました。


39度5分の熱が出て、ヘルパーさんが何回も寝巻きを取り替えてくれました。

ヘルパーさんを母と勘違いして生き返ってきたのかと思いました。

ヘルパーさんの手が母のやり方に似ていたのです。


すごくつらかったけど、ヘルパーさんのありがたさが

身にしみました。この手をなくしてはいけません。


70代、80代になっても感じたことを素直に、

自分のことができなくてもハッピーなんだと伝えたいです。


できないことはデメリットだけではありません。

人のあたたかさや厳しさがよくわかります。


そういうことは障がい者の方がよくわかるのです。

今は障がいを持っていることに感謝しています。


母が死んでからは、ボランティアやヘルパー、

友達、医者、看護師、色々な手を渡って生きてきました。

親の手だけで生きていてはだめです。

どの手が一番親に近いのかを考えて生きていくのです。


もう運動なんてやりたくないと思うこともあるけど、

働けることは幸福なんだと思うようになりました。

自分の考えを伝えて、自分の考えで生きていくことが障がい者の大切な仕事です。

私は死んだ時が定年なのだと思いました。


寝たきりになると困るので、毎日リハビリをしています。

言語障がいも重くなってきて、みんなに伝わりにくくなっているけど、

介助者がパソコンを打ってサポートしてくれるので、

こうしてみなさんに伝えることができます。


札幌ばかりではなく、自分の住みたいところに住んで欲しいです。

札幌の制度が良くなってきたのは、うるさい障がい者がたくさんいるからです。


各地域に障がい者団体を作ることはすばらしいことです。

みんなで本当のことを言って、

この制度は大切なのだと言い続けていくことが、私達の仕事です。

たくさんのあたたかな手で生きていける社会にしましょう。

 






札幌いちご会・澤口 京子(札幌)





今日はいちご会をやってきた40年間の財産です。

函館と聞いたとき、あの人もこの人もいると思いました。

たくさんの人がいちご会を卒業して函館にいます。


65歳問題は、私の問題でもあります。

3、4年前からストレスで身体の状況が変わってきています。


ひとりの時間を楽しみ、どこへでも行って勉強をしたり、

楽しいことをするのが私のスタンスでした。

でもこの頃はどうもままならなくなりました。


1年くらい前、利用していたヘルパー事業所から、

介護保険と横並びのことを言われました。


家族と生活している人は、共用の部分の掃除ができない。

洗濯、食器洗いは私の分しかできないと言われました。


私は今までやってきたことを何でできないのかとごろつきました。

役所にもこのことを聞くと「障がいのサービスでできます」と言われました。

そのことをヘルパー事業所に伝えると

「ではしばらくグレーゾーンとしてやりますが、他の事業所も考えたらどうですか?」

と言われました。


私は自分に非があるわけではないし、

他にそんな事業所はないと高をくくっていたので

「じゃあそちらで探してくれるなら良いですよ」と言いました。

すると運良く見つかってしまったのですが、

新しい事業所は当事者が理事長として行っているところでした。


私が利用しているヘルパーや移動支援の事業所、

最近通い始めたデイサービス、それらの理事長は、

昔いちご会でかかわっていた当事者がやっています。

その人たちにお世話になり始めたのです。


今は、やったり・やってもらったりすることが、社会の循環なんだなと感じています。


私がヘルパーさんやボランティアさんとやり取りをするときは、

言葉を数多くケチらないで伝えようと思っています。


一言でもいいから自分の言葉で伝える。

冗談でも、世間話でも、まじめな話でも、とにかく口を動かすこと。

それが信頼関係の元になっていくと思っています。


自分の身体が重度になるのは本当に大変なのですが、

新たなことにチャレンジできる機会なのかなと思っています。


デイサービスの若いスタッフは

いちご会のことを誰も知りませんでした。


自分の素性がわからない環境に、しめしめと思っています。


私はこれまで、

とにかく何でも早くから慣れておくことが大切だと

ずっと言ってきました。


家族と住んでいる人も、早くヘルパーさんを使って、人と慣れることが大切です。


デイサービスには自分で電話をかけて、体験利用をしたいと伝えました。

すると、本人が直接連絡してくることは本当にめずらしい、

大体は家族や支援員が問い合わせてついてくる、と言われました。


こういうこと1つをとっても、

障がい者のことがわかるケアマネージャーさんが必要だと感じました。


そして、65歳以上になると身体や心の変化もあるので、

その支援もしてもらわなければなりません。


障がい者、高齢者どちらのことも詳しい人が必要です。

それが全国に広まれば、どこに住んでいても安心して暮らせると思います。


ヘルパーを24時間つけてほしいと要求している人もいますが、

私は24時間ずっと他人が自分の家にいるのも大変だと思います。


ぼーっとテレビを観たり本を読んだり、一人で過ごす、孤独を愛する、

そういう時間を過ごせるような工夫を考えたいです。

私は現状維持を目指しています。

 




会場から


<質問1>

聴覚障がい者です。86歳の母(要支援2)と二人暮らしです。

介護保険と総合支援法について、僕への支援と母への支援が少し違うと感じます。

たとえば、母は手が不自由なので、重たいやかんのお湯を沸かすことができません。

役所には息子がやれば良いと言われました。

しかし、僕はお湯が沸いた音が聞こえません。

みんな言っていることがあいまいで、非常に不便です。

支援内容が一緒になって、地域で包括的にケアをしてもらえればもっとスムーズになると思います。


<奥田>

お湯を沸かす支援は家事援助なので介護保険でできます。

また、聴覚障がいの方への居宅支援でもできます。

本来ヘルパーさんが頼まれればできる仕事ですので、

なぜできないと言われたのかわかりません。

ただ、線引きが難しいということはあります。

それをきちんとやってくれるのが介護分野ではケアマネージャー、

障がい分野では相談員の仕事です。

両方混ざっているニーズでは一緒に考えることも必要ですが、

おおむねケアマネージャーがすることが多いです。

いずれは包括的にサービスをしていくというものができていくと思います。

 



<質問2>

函館でヘルパーを利用して一人で住んでいるのですが、

ヘルパーさんにやってもらうことで、特に映画やコンサートや外食など、娯楽に関してはすごく制限が多いのですがどうしていますか?

ボランティアさんも探しているけど見つかりません。


<小山内>

函館の障がい者がおとなしいからです。もっと言ってください!

私はコンサートに行きたいときは、ヘルパーさんに連れて行ってもらって、

チケットが高いときは会場まで一緒に行き、トイレだけちゃんと済ませて、あとは終わった頃にまた違うヘルパーさんに迎えに来てもらいます。

ごはんの時が一番難しいのですが、

少しおごってあげる時もあるし、おなかいっぱいごはん食べてから来てくださいと言う時もあるし、一緒に割り勘で食べる時もあるし、色々考えています。

映画なんて、障がい者と一緒に行くと半額になるからお得なんですよ。

若いときは人生楽しまなければいけません。

ボランティアは本当にいないですよね。私もあちこちにいない?いない?って聞いています。

最近は介護学校の先生と友達になって、その先生が生徒に障がい者のケアもやりなさいと私の家に連れてきて、一日顔を洗ってもらったり、お風呂に入ったり、ごはんを作ってもらったりして一緒に過ごしています。

すると学生さんも自信がついて障がい者のヘルパーをやると言ってくれます。

そういうことを繰り返して、自分のところだけではなく、他の当事者が行っている事業所にも紹介したいと考えています。

そういうことをやってみてはいかがでしょうか?

札幌に来たら教えてあげますよ。

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